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    「え」

    何のためか、どういふつもりか、練吉は矢庭に房一の肩をぐんと押した。そして、自分は逸早く溝をとび越して、土手を駆け上つた。下の方では、黒い一杯の人だかりの間からは何やら鋭い言葉を叫ぶ者がいた。練吉が駆け上つた後から、房一も本能的に溝をとび越えた。事態は緊迫していた。練吉が何をしでかすか知れない、といふ予感が閃いたので。

    房一の老父、道平が二三日前に倒れたのだつた。そして、今、練吉に対診を求めて来たのである。

    「買収ですかな」

    「どういたしまして。お茶位さし上げんと」

    「血圧は少し下つたしね」

    相手が急に三人にふえたためか、柵の中の長身な男は一層興奮した。

    「どこの帰りかね」

    「ハッパもいゝが、近頃は土方がいたづらをするとか云うて、女の子が下の方を恐はがつて通らんていふぢやないかね」

    「なんだね、クレーの射撃なんてものは昔はなかつたもんだが、こなひだの競馬は僕も見たけれども、子供の時以来十何年ぶりのわけだが、あれはちつとも変つていないね。優勝の景品が米俵だなんてね」

    「おや、いつのまにそこに来てなさつたかね。お茶ですか、上げますとも」

    「それが、その、来ないわけがあるのさ」

    「ほう。元気だね。ハッパでやられたかね」

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